昔の住宅事情 2
土倉ないし塗壁屋がどのような構造形式であったか・・・
これ以上詳しい記録や遺構が残存しない今日、確かめる術もないのですが・・・
以下その性格等について若干の考察を進めたいと思います。
諸例において、まず土倉等の全倉数に占める割合がきわめて低いことに注目しなければなりません。
『資財帳』は類例が少ないのでしばらくおくとして・・・
『正税帳』のうち最も比率の高い豊後国においてさえ約六間に一間の割合で、最も比率の低い駿河国全体に至っては、一五間に一間の割にも満たないのです。
・・・このように土倉等の割合の低い理由を、特殊な稀少物品を収納するためとすることは、この恨合妥当でないでしょう。
なぜならば、現存する諸国『正税帳』に見る倉の構造種別では土倉等を含まないものの方がむしろ多く・・・
ことに畿内に近い諸国の正倉には全く現われてこないからです。
したがって、倉を用途上の目的から必須の構造であったとすることは困難です。
これはまだ外壁リフォーム技術などがなかった頃の話です。
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