写真について

戦後まもないころ、いまも続いている月刊の某建築雑誌の編集のお手伝いめいたことをやったことがあります。


最近では、別の項でも書いましたが、住宅雑誌の企画にのって住宅訪問を50回続けました。


若いころにはベテランのカメラマンのお手伝いをしました。


お手伝いとは、カメラマンの指示に従って部屋の中を片づけることです。


片づけるとは図柄構成上で邪魔になるテーブル・椅子をはじめ、小物をカメラアングルの外に運びだすことです。


この頃にはまだ不用品 買取などの便利なものはなかったのです。


壁にかかった絵、時計、テーブルウェア、クッション……


住み人がふだん生活するのにそこに置き、愛用しているものにも情け容赦はないのです。


カメラマンの指示、と書いたがカメラマンに指示する設計者が指揮権を発動するときもあるでしょう。


いや、そのときのほうが多かったですね。


そんなサマを眺めて"雑誌の写真ってこうやって撮るんですか"となかば呆れ顔の若奥様や、憤まんやる方なしと批判する年配の夫人もいましたね。


住まいと模型

べっこう、水牛の角などが材料で、はじめ神事のシンボルとしたのが、秘具として使われるようになったといいます。


ファルス~ファリコ~張子、そして張形、という語源のようですね。


吾妻形のほうは、男性用で長い籠城中に武士が使ったものか、落城した堀に浮いています。


ご本人は戦死したのか、哀れをさそいます。


対する張形は女性用で、城中の奥女中が使ったものか、孤閨をなぐさめたことでしょう。


模型の効用です。


写真、とは実際のありさまを写し出すこと、と辞書にあるでしょう。


文字では真を写すと読むことができます。


しかし、レンズを通しフィルムに映像された限りでは実際の有様が写っていることは確かでも、アングルをきめシャッターをきる以前に問題がありはしないでしょうか。


・・・以前とは、賃貸 仙台アパートなどの住まいを撮るとき、それがふだんの情況であるかどうかということです。

「死の砂漠」

生物社会では、シャーレに培養されたバクテリアのコロニーであっても、また北西ドイツのリューネブルク・ハイデのエリカやカルーナのハイデ植物群落であっても、最初はまばらに生育していた・・・


あるいは生存していた微生物やペンタキープなどの植物が、次第に自らの努力によって環境を改善し、その環境に最適条件から最高条件に達した時には、その個体群や種群は爆発的に増殖します。


しかし、生長の限度に達すると、ある日突然、死の砂漠を形成します。


このことは、植物社会や、あるいは生物集団の一つの均衡維持の掟です。


そして、全体のバランスがくずれて過成長・過増殖していた個体群や種群が急速に、例えば10分の1以下に減ると、環境はしだいに回復します。


それに対応して、最初はゆっくりと、さらにある程度生活条件が改善されると再び急増殖がおこり、極端な場合、個体群や種群の消滅・激減をもたらすのです。


このような動態は、一見動きのない尾瀬ヶ原湿原、北海道のサロベツ原野、釧路湿原などの高層湿原におけるミズゴケ群落においても観察することができます。


ヨーロッパ大陸でもアメリカ北部の湿原でも同様です。

稲作を例に考えてみると 4

もとより、私たちは世界の平和状態が永遠に続くことを願っています。


かつての戦争の悲惨さを繰り返さない平和な国家を作ろうと努力しています。


最近の原子力兵器は、もう一度戦争がおこった場合にはお互いの自滅を約束しています。


したがって、永遠に平和であろうと世界二大強国をはじめ各国も努力し、あらゆる人が強く望んでいるのです。


しかし、人類文明6千年の歴史を見る時、凄惨な戦いの明け暮れが人類史を血なまぐさく彩っています。


そのような不幸な、しかし冷厳な事実もおおいかくすことはできません。


また、私たち島国に住む日本人は、たとえ戦争でなくても何かの事情で海外からのあらゆる食糧資源が停止あるいは半減、3分の1になった時に、どのようにして、限られた自前の食糧資源で生きのびてゆくかという問から逃がれる訳にはいかないでしょう。


このように見ていくときに、地球的規模での人口の増加と世界の食糧資源・潜在生産力とのかかわりあいを踏まえて、将来計画をたてなければなりません。


同時に、当分それぞれの国家体制としての経済・産業や生産・消費が続けられる限り、日本が独立国として存続していくためには・・・


政府も地方公共団体も、さらに企業やすべての市民も含めて、私たちが限られたこの国土でまちがいなく生きのびるための最低限の食糧自給能力を維持するため、長期的視野からの努力がはらわれなければならないのではないでしょうか。

稲作を例に考えてみると 3

現在、日本の農家が日本固有の水田で生産する米の価格が、アメリカのカリフォルニア米よりも8ないし9倍の高い値段で消費者に販売されています。


当然、このように世界市場からみてとびぬけて高い米価に対しては消費者から猛烈な反対運動があります。


また、農水省も日本の効率の悪い稲作をうんと単純化して効率をよくし、値段をさげ、さらに米作面積を思いきって減反し、不足分の米を海外から輸入するという方法を将来計画として提案しているようです。


国全体のインプットとアウトプット・・・


すなわち1億2000万人余の日本人が最も大事な生存の基盤としての食糧資源を自前で生産しないでほとんど全面的に輸入するやり方と、非生物的な素材・原料を海外から輸入し、さまざまな技術的な加工をして輸出し、いわゆるテラ銭で商売してきた戦後の日本のGNPの構造的な発達の基礎となっているやり方と・・・


この2つを比べてみた時に、欧米諸国にくらべてきわめてアンバランスといえるのではないでしょうか。


稲作を例に考えてみると 2

よく「石油が入らなくなったら、水田があっても畑があっても、現在のような農法では同じであって、日本人は飢え死にするしかない」と計算上いう人たちもいます。


しかし、それは大地を直かに体験したことのない人たちの、しかも工場農法的な見方しか持たない思考からの一面的な判断にすぎません。


現在の農法を使おうと思うからであって、そういう逃げ腰の捨てぜりふ的なことばによって、限られた農地の消滅・荒廃を導くべきではないのです。


賢明な生物生産的食糧としては、太陽の光エネルギーを緑の植物によって化学エネルギーに変えた米・麦・いも類などの一次生産物を使うのがもっとも有効です。


米、または、麦・いもなどの雑穀よりも、それを家畜に食べさせて二次生産した豚肉・牛肉や乳製品、にわとりの卵等が栄養化が高いというかも知れません。


しかし、動物の消化器を一度通すと、エネルギーが10分の1に減ります。


釧路沖・三陸沖でとれているイワシより、イワシで養殖したハマチの刺身の方が美味しいといって、もし養殖ハマチの刺身ばかり食べるとすれば、実は太陽光線から得られたエネルギーは100分の1に減ってゆくわけです。


このように見てくると、非常事態においてもっとも確実な食糧資源は、一次生産品としての農作物であるということができます。


しかも日本の気象条件からみると、和辻哲郎の『風土』にも出てくるように、きわめて効率がよく、連作にも耐える稲作が基本です。

稲作を例に考えてみると

人間が地球上に生かされている限り、自分サイドだけで考えたり、計画しては無理です。


非生物的な材料を使っての都市化や道路建設と異なり、生きた構築材料を使う場合には、道路建設期間以上の生物的な時間をかけて、その土地本来の多様な緑の形成をすることが必要です。


基本的には、それ以上の方法がないことを知るべきでしょう。


たしかに、一時的には、私たちは外来の動物・植物や微生物を使っても、一面的な成果を得ることができるかも知れません。


しかし、長持ちしないことを覚るべきでしょう。


稲作が日本に導入されて、2000年少々たちます。


その間に日本人の悲願として、もっとも日本に適した食料資源として、弥生時代以来営々と開田に力を注いできました。


そして現在、日本では食糧が余っているように言われています。


たしかに食糧資源はあり余っているように思えます。


しかし、稲ワラまで韓国や台湾から輸入しているのが現状です。


一時、石油が少し入りにくくなった時、日本中が大さわぎしました。


もし、60数パーセントの食糧資源を海外に依存している島国日本で、何かの原因でその輸入が2、30年途絶えたら、日本人は何を食べて生きていくのでしょうか。

その土地本来の植生という意味 2

集中豪雨などで斜面に雨がふった場合には、せっかく犬走りなどにU字溝で排水施設を作っても草がその溝を埋め、草の上を水が走って、住宅地域に流れこみ、斜面崩壊、崖崩れなどのさまざまな問題をおこしてきました。


同時に外来種であるこれらの牧草は、急速に生長するが長持ちしません。


3年ないし5年たつと、だんだん生長力が衰え、ついに枯死して裸地を生じます。


自生のノシバ、ススキ、チガヤなどの草本種は、時間とともに次第に陽生低木林、ついで亜高木林、高木林・・・


そして、その土地本来の自然林の構成種へとなめらかな選手交代による遷移を経て、土地固有の植生へと発達していきます。


外来樹種は自生の草種や低木への交代がうまくいきません。


したがって、数年たってみると、吹きつけた外来牧草が枯死しても、すぐに自生種がなじんでこないために一時的に裸地が生じます。


そこに集中豪雨や台風などが襲うと、斜面がえぐられ土砂流が崖下に落下したり、時には人の生命にも不幸な災害をもたらす場合も生じるのです。

その土地本来の植生という意味

戦後、急速な開発で日本列島は傷だらけといわれましたが、むき出しになった地肌・斜面を何とか早く緑化しようと、さまざまな試みがなされました。


生きた構築材料を使っての緑づくりは、鉄・セメント・石油化学製品などの死んだ材料を使っての人工構造物と本質的に異なります。


その発達には多少の時間がかかるのを避けることができません。


生物的な時間を無視して道路が開通する時、また住宅が出来た時に、道路ぞいや住宅を取り囲んでいる傷ついた裸地の斜面を、生きた構築材料、即ち植生を使って緑化しようとすることがあります。


いろいろと非生物的な材料と同じ考え方が試みられ、外国の牧草が導入されました。


ウィーピング・ラブグラス、イタリアン・ライグラスなどのハイカラな名前のついている外国産の牧草は、化学肥料をまぶして斜面に吹きつければ裸地に急速に生育します。


たしかに、よそ者の草種は長い間それぞれの場所で人工的な努力も含めて品種改良が進んでいるので、発芽率はほとんど100パーセント近いのです。


同時に、さまざまな化学肥料とまぜ合わせたふきつけ牧草などは急速に発芽し、その斜面を緑に見せます。


イタリアン・ライグラスなどはあっという間に80センチ、あるいは1メートル近く生長して、それが斜面の下方にたれて裸地を被います。


見かけ上は急速に緑になるのです。

植物の均衡状態とその回復 3

日本において外国から導入した牧草を栽培するためには何が必要でしょうか。


その土地本来の自生の放牧牧野のシバ草地、1年ないし4年に1回、刈ったり焼いたりする粗放な人為的干渉と共存して持続しているカヤ野原・・・


すなわち、関東のアズマネザサ-ススキ草原、関西のネザサ-ススキ草原などでは、まずブルドーザーで開墾し、あるいはクワで掘りおこして完全に整地し、その上で石灰窒素や硫酸アンモニア(硫安)などの窒素性の化学肥料を十分に施肥しながら人工的に播種する必要があります。


整地して播かれたカモガヤなどのヨーロッパの有用牧草は、十分に草が伸び、家畜の飼料として収穫出来るようになるまでには2年ないし3年かかります。


6年目ぐらいまではきわめて多くの有用牧草を生産します。


しかし、7、8年たつと、だんだんと外来草種は成長度がおとろえ、そして収量もおちてきます。


したがって、日本で外国の牧草を栽培するためには、結果的には7、8年に1回はブルドーザーで再びおこして耕し、新しい種子をまかない限り、人工草地・牧野として存続させることが困難なのです。


これが、その土地本来の種類による牧野形成と、外国の固有の風土の中で長い時間をかけて、一定の人間の影響とつり合って成立した牧草を安直に導入して栽培する移入草種による場合との基本的な違いなのです。

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